大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)23号 判決

原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 その1の主張について

原告は、審決が、引用例3の第五三一頁に「分子量二四万程度の」固体ポリエチレンオキサイドが記載されているとしたのは認定を誤つたものである、と主張する。

よつて検討するに、成立に争いのない甲第一四号証によれば、引用例3の第五三一頁には、固体のポリエチレンオキサイドを空気中で放射線照射すると、切断が起り、低分子量の液状重合体を生ぜしめることができることを確めた旨の記載があるだけであり、右ポリエチレンオキサイドの分子量については何も記載されていないことは、原告主張のとおりであるが、引用例3の第五二一頁から第五三四頁までは「重合体の水溶液における照射保護」と題する研究報告であつて、その研究実験に供せられたポリエチレンオキサイドは、ユニオン カーバイド ケミカルス カンパニーによつて白色粒状の形で提供されたWSR.35であり(第五二三頁第一六行ないし第一九行)、その分子量は二四万である(同頁第二七行ないし第三一行)旨が記載されていることが認められ、前記第五三一頁に記載のポリエチレンオキサイドがこれと異なるものである旨の記載は存しないから、この第五三一頁に記載のポリエチレンオキサイドも右に記載のWSR.35であつて、その分子量は二四万であると解される。

したがつて、この点における審決の認定に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

2 その2の主張について

原告は、審決が本願発明と各引用例のものとの相違点を看過し、その結果、本願発明の進歩性の判断を誤つたと主張し、その(一)ないし(四)の相違点を指摘する。

しかしながら、当事者間に争いのない請求原因三(審決の理由の要点)の事実によれば、審決は、本願発明と各引用例の発明ないし技術的思想とを対比し、その一致点、相違点を認定して、本願発明の進歩性を判断しているのではなく、右請求原因三の項に記載されている事項の範囲において、各引用例中の記載事項を引用し、その引用事項を根拠に、本願発明は当業者が容易に想到できる程度のことと判断しているにすぎない。

そうすれば、仮に、各引用例の文献が論究しようとした本来の技術的内容と本願発明との間に、原告が指摘するような相違点があるとしても、一方で、各引用例の中に審決指摘のとおりの各技術的事項が少なくとも開示されている以上、それらの相違点はいずれも審決の判断の当否に関係のないことというべきものであるから、この点についての原告の主張は理由がない。

3 その3の主張について

(一) 原告は、審決が、本願発明の特定の条件下では分子の切断のみが主として起ると判断しているのは誤りであると主張する。

しかしながら、当事者間に争いのない前記請求原因三の事実によれば、審決は、「比較的高分子量のポリエチレンオキサイドに放射線照射を施こし、また、この際とくに酸素の存在下で、かつ、照射量を調節しつつ照射を行なうことにより、分子の切断のみが主として起り、ゲル化が起らないような条件を採用して、……安定化を試みる程度のことは……容易に想到実施できる程度のことである。」としているのであつて、「本願発明の特定の条件下では」分子の切断のみが主として起ると判断しているものではないことが明らかであり、原告の右主張は審決の記載を正解しないことによるものというべきであるから、理由がない。

(二) 原告は、審決が、本願発明は引用例の1ないし4から容易に想到できたものであるとしたのは誤りである、と主張する。

よつて検討するに、成立に争いのない甲第一四号証によれば、引用例3の第五三一頁(下から第三行~同第二行)には、「固体ポリエチレンオキサイドに空気中で放射線照射すると、切断が起り低分子量の液状重合体を生ずる。」との記載があることが認められる。右固体ポリエチレンオキサイドの分子量が二四万と解されることは既述(1の項)のとおりである。

右記載の事項によれば、生成物が低分子量の液状重合体になるまで分子の切断を十分に起させることを欲しない場合には、換言すれば、生成物が固体の重合体にとどまる程度の分子の切断を欲する場合には、放射線の照射量を減ずればよいことが、当業者であれば容易に想到しうることと認められる。また、その照射量の限界を見定めることは、実験により容易に行ないうることである。

次に、引用例4に、ポリエチレンオキサイドの分子量を低下させたものは、低下させないものに比して、溶液における粘度が低下し、かつ、貯蔵安定性が改良される旨の記載があることは、原告の自認するところである。

そうすれば、本願発明の効果は引用例4から十分予測できたものということができる。

もつとも、右引用例4の記載については、原告は、この記載は引用例4に記載された特定の手段、すなわち、過酸化物による分子の崩壊の場合に限つて述べられたものであつて、広く一般的に述べられたものではない旨主張している。

そこで、引用例4の記載を検討するに、成立に争いのない甲第一五号証によれば、引用例4の第四欄第五〇行~第五一行には、「本発明の実施によつて崩壊させたポリ(エチレンオキサイド)は、……」、第五欄第一〇行~第一一行には、「本発明の実施により得られるアルキレンオキサイド重合体は、……」と記載されていることが認められるけれども、一般に、重合体の分子量とその溶液の粘度とが比例関係を有すること(重合体の分子量の測定手段の一つとして、溶液粘度法が用いられることは、古くから確立している技術常識である。)を考えると、引用例4の前記記載は、特定の手段による結果にとどまらず、より一般的なポリエチレンオキサイドの分子量の低下と物性との関係が示されているものとみることができるのであつて、原告の右主張は採用できない。

そうすれば、本願発明は、審決摘示の引用例3及び引用例4から容易に想到できたものということができるから、更に引用例1及び引用例2について検討を加えるまでもなく、審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

以上のとおりであり、審決を違法とする原告の主張はすべて理由がないから、本訴請求は失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

分子量が五〇、〇〇〇以上のポリ(エチレンオキサイド)重合体、あるいは少なくとも七五モル%のオキシエチレン単位と、二五モル%までのオキシプロピレン単位、オキシブチレン単位及び(又は)オキシスチレン単位とから成る重合体を、最高五メガラツドまでのイオン化照射に掛けることを特徴とする上記重合体を改良する方法。

審決の理由の要点

本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

本願発明は、その出願前頒布された後記刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。すなわち、ポリエチレンオキサイドに放射線を照射すると、分子の切断が起り、さらに、照射量が増加すると、架橋(交叉)結合が起つてゲル化を招くこと(後掲引用例1、2及び3)、上記の照射を酸素の存在下で行なうと、分子の切断が促進されること(引用例3第五三一頁、引用例1第二〇三頁、第二〇四頁)、

また、分子量二四万程度の固体ポリエチレンオキサイドを空気中で放射線照射すると、分子量が低下して、液状重合体を生成すること(引用例3第五三一頁)は、いずれも、本願発明の出願前公知の事実である。一方、ポリエチレンオキサイドの分子量を低下させたものは、低下させないものに比して、溶液における粘度が低下し、かつ、貯蔵安定性が改良されることも知られている(後掲引用例4)。

そうすれば、比較的高分子量のポリエチレンオキサイドに放射線照射を施こし、また、この際とくに酸素の存在下で、かつ、照射量を調節しつつ照射を行なうことにより、分子の切断のみが主として起り、ゲル化が起らないような条件を採用して、得られた水溶液の粘度を所望の程度までに低下させ、かつ、その安定化を試みる程度のことは、上記既知事実の教示にもとづいて、当業者が容易に想到実施できる程度のことである。

引用例1 日本放射線高分子研究会年報Vol. 1,

第二〇三頁、第二〇四頁(甲第一二号証)

引用例2 American Chemical Society, Atlantic City Meeting Papers, September, 1962, Vol.3, No. 2, PP. 211―213

(甲第一三号証)

引用例3 International Journal of Radiation Biology, Taylor & Francis Ltd. Vol.5, No.6, PP. 523―525,531

(甲第一四号証)

引用例4 米国特許第二九八二七四二号明細書

(甲第一五号証)

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